俳優の芳根京子さんはギランバレー症候群という難病を中学校時代に患っていたことを明かしています。
2023年の現在では病気は完治しているそうですが、芳根京子さんはどのような症状で、どのように克服されたのでしょう。
実は1年もの間、笑顔も少なくなるような時期も過ごしていたようです。
この記事では、芳根京子さんのギランバレー症候群のエピソードについて、症状や克服法、自身を支えた言葉についてご紹介します!
芳根京子は難病・ギランバレー症候群だった!
中学二年生のt頃から症状に悩んでいた時期がありました。
現在は完治しているとのことですが、実際はどのような病気なのでしょうか?
早速解説していきたいと思います。
ギランバレー症候群とはどんな病気?
ギランバレー症候群とは年間で10万人に1、2人がかかるといわれている難病です。
子供からお年寄りまで、全ての年代で発症する可能性があるようですね。
また、
- 年齢が高いほど
- 女性より男性
の方が発症の確率は高いようです。
ギラン・バレー症候群の症状とは
典型的な例では発症の1~3週間前に風邪をひいたり下痢をしたりといった感染症の症状が見られる。
その後、数日から数週間の間に四肢の筋力低下、脱力感やしびれ、痛みなどの症状が、左右対称に現れる。
出典:Doctors File
四肢(手足)のしびれや、力が入らないなどの症状で気づく方が多いようね。
また、症状が急速に進行するのも特徴だといわれています。
ギランバレー症候群の原因は?
ウイルスや細菌に感染することなどがきっかけで、外敵から身を守る役割であるはずの免疫システムが、誤って自身の末梢神経を攻撃することによって起こると考えられている。
出典:Doctors File
はっきりした原因はまだ分からない事も多いようですが末梢神経の障害によって症状が表れるようです。
ギランバレー症候群は治るの?
通常4週間以内に症状はピークとなり、その後に回復に向かうことが多い。
出典:Doctors File
症状の重さによっては、入院が必要となる場合もあるようです。
多くの場合、治療をしなくても約半年くらいで良くなる方が多いようですね。
また、治った後でのリハビリも重要になるといわれています。
芳根京子さんの他に日本人でギランバレー症候群を患っていた有名人の方々は以下の通りです。
- 大原麗子さん
- 安岡力也さん
- 福永泰さん
- 佐藤寿人さん
- 有村竜太朗さん
- 美馬寛子さん
- 鴨下信一さん
- 川口順子さん
- 兼元謙任さん
- 阿部守一さん
- 石川真二さん
- 芳賀セブンさん(Youtuber)
発症した年齢も性別も様々なことが分かります。
難病を朝ドラ会見で公表
2016年4月に芳根京子さんはギランバレー症候群であったことを公表しています。
実はそれまで公にはせずに芸能活動をされていたようですね。
ですが、芳根京子さんはそれより前にも、自身のブログで難病を患っていた事実を明らかにしていました。
大きな病気になって不安でいるファンの方に「頑張っている人に頑張ってとは言わない。無理せず、自分のペースで」と優しく答えている芳根京子さん。
芳根京子さん自身が難病を患い、克服した経験があるからこそかけられる言葉のように思います。
また、どんな言葉がその人の力になるのかを考えているところに芳根京子さんの優しさを感じますよね。
芳根京子さんブログでの難病を告白したことで、「病名は何だろう?」とネットでも話題なっていましたね。
そして、その約4ヶ月後にその難病が明らかにされます。
2016年4月6日に行われたNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」の会見で、芳根京子さんはギランバレー症候群であったことを公表されました。
そんな芳根だが、中学二年生の時に「ギランバレー症候群」という難病を患い「力が入らなくなる」症状に悩み「1年間くらいは普通に学校に通うことが難しい時期はありました」という。
ギランバレー症候群の症状は軽度であれば、数カ月ほどで治るとも言われています。
芳根京子さんの場合は1年間ほど学校に行けなかったとのことですので、症状は重かったのかもしれません。
また、ギランバレー症候群によって亡くなる人もいるという事を聞いて命の重さを実感したとも話していました。
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1年で克服して再発の可能性もほぼ無い
芳根京子さんは同会見で、ギランバレー症候群は1年で克服し再発もしていないことも話しています。
一般的にギランバレー症候群の再発はかなり稀なケースのようですね。
芳根京子さんはお医者さんにかかって完治したと思われますので、再発は無いと考えられます。
病気が治ったあと、急に足が速くなり持久走大会で1位をとった!今は全然支障が無いと話す芳根京子さん。
また、ギランバレー症候群を克服した事で芯が強くなったんだとか。
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芳根京子がギランバレー症候群を克服した方法
芳根京子さんは治療のため入院や通院をされていたと思われます。
病院での治療に加えて、精神面がギランバレー症候群の克服に重要だったと考えられます。
前向きな気持ちでいる
芳根京子さんが難病を告白したブログをもう一度見てみます。
芳根京子さんは笑顔になるのは難しいと前置きして、
- 毎日楽しい事を探してた
- 笑顔になるために周囲の人とコミュニケーション
- お笑いの動画を観てた
きっと、落ち込んで暗くなってしまう気持ちを笑う事で前向きにしていたのでしょうね。
両親の献身的な支えがあった
芳根京子さんのご両親にこんなエピソードがあります。
両親が毎日のようにその神社に娘の成功を願掛けしている
無病息災の後利益のある神社に毎日通い願掛けをされていたご両親。
そんなご両親の気持ちにも応えようと気持ちを強く持ったのではないでしょうか。
波乱万丈な経歴を持つ父親・聡さんについて詳しくはこちら:芳根京子の父親・芳根聡は元社長!億超え経営者からバー店長までの経歴も
中学時代に芳根京子を支えた言葉
幼い頃は引っ込み思案で、友達も少なかったと話す芳根京子さん。
そんな芳根京子さんを変えた一言が中学時代にあったようです。
小学生の頃から吹奏楽部でフルートを吹いていた芳根京子さんなのですが、なんと中学校では入部前にスカウトされたのです!!
「入学した中学校が偶然にも吹奏楽に力を入れている学校で、私がフルート経験者ということで『参加してほしい』と声をかけられました。急に自分を必要としてもらえたことが嬉しかった。その一言がまさにターニングポイント」と昨日のことのように思い出す。
この一言によって、自信がついた芳根京子さん。
それまで友達も少なかった芳根京子さんでしたが、卒業の時には「一番友達の輪が広い人」と言われるまでに変わったようです。
ギランバレー症候群を克服できたのも「またみんなと一緒に吹奏楽部で演奏したい」そんな気持ちがあったから、頑張れたのかもしれませんね。
その時の気持ちは女優になった今でも続いているという芳根京子さん。
これからも、みんなが求めるものに応えてくれる女優さんでいてくれるでしょう。