徴用工像とは?設置の目的は?韓国より先に日本にも設置されていた

日韓関係

徴用工の判決が話題となっています。

今後の日韓関係にも大きな影響を及ぼす恐れのある問題となりそうです。

テレビを見ると徴用工像がしばしば映し出されていますが、
どのような目的で設置されたのでしょうか。

気になったので調べてみました。

徴用工像とはどのような像か

徴用工とは何か

まず徴用工とは何かというところですが、
1937年(昭和12年)の日中戦争以降の労働力不足を補うために
動員された労働者のことを指します。

1939年には国家総動員法に基づき、日本国内で国民徴用令が施行され、
日本の統治下におかれていた朝鮮半島では1944年から施行されました。

炭鉱や工場などに配置されて賃金をもらいながら
働いていたようです。

徴用工像とは何か

徴用工として働く人たちの労働環境は諸説ありますが、
正式な記録が残っていないため真実は分かりません。

徴用工問題として語られるときは劣悪な環境だったとされています。

「強制労働」の例として炭鉱労働者を見てみると、
たこ部屋で生活をさせられて平均労働時間は12時間以上。

命の危険にさらされながら安い賃金で働いていたとされています。

徴用工像はこのような労働をさせられていた方々を
象徴した像になります。

徴用工像の設置の目的

主な製作者は誰か

中心的な制作者は韓国人の夫婦で、
キム・ウンソン氏キム・ソギョン氏になります。

2人は美術大学時代に民主化闘争に参加したそうですが、
その関係で出会って結婚したそうです。

主な慰安婦像の製作者でもあります。

徴用工像はどれもあばら骨が見えるほど痩せていますが
これは過酷な労働環境を表しているそうです。

徴用工像の設置の目的

主な市民団体や上記製作者が徴用工像を設置する目的は
概ね以下のとおりです。

  • 日本政府に対して謝罪と賠償を求めるため
  • 元徴用工の名誉回復と歴史の清算をするため
  • 日韓関係の社会的な関心を集めるのに効果的なため
  • 徴用工労働者像の人生やその家族の痛みが忘れられないようにするため
  • 世界中の人々に強制徴用の事実を知ってもらうため

徴用工像の設置に対する日韓政府の対応

徴用工像設置に対する日本政府の対応

日本政府の見解は、徴用工問題は1965年に結ばれた日韓請求権協定により、
日韓政府間では「完全かつ最終的に解決済み」(第2条)という立場です。

この協定は、戦後の両国の国交正常化のための
「日韓基本条約」とともに結ばれました。

日本が韓国に5億ドル(約500億円)の経済支援を行うという形で、
日韓両国や国民からの請求権を完全かつ最終的に解決したことにするという内容です。

これが意味することは、戦争時などに発生した事柄に関する請求権は、
どんな理由があっても、誰であっても主張することはできないということです。

万が一、協定に関わる紛争が発生した場合は、
第三国による仲裁委員会を設置することができます。

日本政府の対応としては、
この日韓請求権協定により問題は解決済みであり、

また、徴用工像を設置することについては、
日本は韓国に「不適切である」との見解を伝えています。

徴用工像設置に対する韓国政府の対応

韓国政府についても日韓請求権協定に従う姿勢を見せています。

徴用工像設置については、日韓関係の悪化を招く原因となるため、
韓国政府は設置に反対する立場です。

ただし、韓国政府は「心に深い傷を負った方々に癒しと和解が必要だ」と考えており、
市民団体等に国際礼譲等を考慮すると、設置するならば歴史教育のために
よりふさわしい場所が望ましいとの立場を明らかにしています。

近年、韓国経済は低迷から脱していない状況です。

日韓関係の悪化は韓国経済の後退に直結します。

韓国としてはこのような事態は避けたいところでしょう。

徴用工像の設置している場所

ソウル市の竜山駅駅前広場

韓国で初めて徴用工像が設置されたのは、
2017年8月12日ソウル市の竜山(ヨンサン)駅駅前広場
仁川(インチョン)市の富平(プピョン)公園です。

この竜山駅に設置された目的は、この地はかつて
日本軍が強制徴用者を日本やサハリンなどに送るための基地
として使われた場所であるためです。

銅像を製作したのは冒頭の夫婦です。

銅像の右肩にいる鳥は自由と平和を象徴だそうです。

仁川市の富平公園

この富平公園に徴用工像が設置されたのは、
戦時中この付近に日本軍の兵器を製造する工場があり、

過酷な労働をさせられていた徴用工のことを
忘れないようにするのが目的だそうです。

ここの徴用工像は父娘の像です。

徴用労働者の父親はやせ細った身体で、
右手に金槌を持っています。

娘は父親の右腕をつかみ、父親と逆の方向を見ています。 

済州島の旅客船ターミナル前

韓国において3件目と思われる徴用工像の設置は2017年12月7日
済州島(チェジュド)の済州市の旅客船ターミナル前になります。

この済州市に徴用工像が設置されたのは、戦時中に強制徴用者が
日本やサハリンにわたる際のルートとなっていたからだそうです。

慶尚南道昌原市チョンウ商店街前の歩道

韓国において4件目と思われる徴用工像の設置は2018年5月1日
慶尚南道昌原(チャンウォン)市チョンウ商店街前の歩道になります。

ここの徴用工像は、炭鉱労働者を表した成人男性と強制動員された少女、
そして強制徴用により家族と離れ離れになった少年の3人が
背中合わせに表現されています。

徴用工像は日本にも設置されていた

徴用工像は京都にもあった

徴用工像は日本にもあるようです。

場所は京都市の「丹波マンガン記念館」という場所で、
京都市右京区の山中にあります。

作者は冒頭で説明した夫妻で、
2016年8月に韓国に先駆けて設置されました。

徴用工像が京都に設置された目的

この付近にはマンガン鉱山があり、
添加することで鉄の強度を高めるマンガンは、
戦時中、武器弾薬製造には必要不可欠でした。

マンガン鉱は機械ではなく手掘りで採掘作業が行われるため過酷で、
落盤など命の危険と隣り合わせの作業でした。

この地では約3000人が強制労働させられていたといいます。

そのような方々を思い、
韓国の強制徴用労働者増建設推進委員会が徴用工像を設置しました。

また、現在は使われていない鉱山や当時の記録や道具等が
展示されているのが丹波マンガン記念館になります。

 

以上、徴用工像に関する記事でした。

今後の日韓関係が心配ですが平和に解決することを願ってやみません。