ドラマや映画で活躍されている小栗旬さん!
年齢を重ねるたびに味のある深い演技をされ、充実した俳優人生を歩んでらっしゃいます。
そんな小栗旬さんですが、どんな家族構成なのか気になりますよね!
この記事では小栗さんの実家の家族について1人1人紹介しようと思います!
小栗旬の実家の家族構成のまとめ情報!
小栗旬さんの実家の家族構成は以下の通りです。
- お父さん
- お母さん
- お兄さん (小栗旬さんの6コ上)
- お姉さん (小栗旬さんの3コ上)
- 小栗旬さん
の5人家族になります。
小栗旬さんは3兄弟の末っ子で、歳が3コずつ離れています。
小栗家の絆を映す家族写真
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小栗旬の家族〜舞台監督の父親〜
小栗旬さんのお父さんは、小栗哲家(おぐりてつや)というお名前で、舞台監督をされています。
現在は、プロデュース業を中心に活動していらっしゃいます。
1949年の愛知県生まれだそうです。
父親が舞台監督になるまでの経緯ときっかけ
お父さんは大学卒業後アパレルショップ店員として就職する予定でしたが、1970年代の学生運動の影響で内定を取り消されてしまったそうです。
その後、知り合いの紹介で名古屋の照明会社に就職しましたが、会社の方針に疑問を感じて2年程で退職されました。
そんな折、名古屋の市民会館で行われるオペラの手伝いを知り合いからお願いされてやることになったそうです。
これがお父さんとオペラの出会いです。
オペラを始めたのは自分から行動を起こしたのではなく、声がかけられたことがきっかけだったのですね!
その時は雑用に近い仕事内容だったそうですが、公演後、本格的な仕事としてオペラの誘いを受け上京しました。
その当時お父さんは、東京に住んでいる現在の奥様の昇子さんと遠距離恋愛中だったことや、東京で働くことにも興味があり、迷いなく上京を決めたそうです。
このときお父さんは24歳で、それからはオペラの魅力にどっぷりとはまってしまったそうです!
父親が舞台監督の魅力に取り憑かれたきっかけ
上京後の生活はお金がなくてとにかく大変だったと話すお父さん。
学生時代の友達の家に居候させてもらったり、測量のアルバイトもよくやったんだとか。
そしてオペラの世界に飛び込んで3年、お父さんが27歳の時に転機が訪れます。
オペラ演出家の栗山昌良さんから舞台監督をお願いされ、その舞台を必死にやりきって無事に公演を終わらせたそうです。
さらにその2年後、お父さんが29歳の時、初めて海外のオペラに関わる機会を得ます。
ロンドンの「ロイヤル・オペラ・ハウス」の引越し公演の舞台監督を務めました。
引越し公演とは、海外で上演されたオペラを、舞台ごとそのまま日本に持ってきて公演することです。
お父さんは、日本とのレベルの違いに驚くと同時に、その時の感動を今でも忘れないと話しています。
さらにその翌年、ウィーン国立歌劇場の引越し公演の舞台監督も務めました。
多忙の毎日でしたが、お父さんは海外のオペラに関わったことでオペラの奥深さやその魅力に取り憑かれてしまったのですね!
父親の舞台監督としての凄さ
お父さんは栗山昌良さんから依頼された27歳の時の舞台監督を皮切りに、国内外の大きなプロジェクトに関わってきました。
最近では、2017年の第27回新日鉄住金音楽賞「特別賞」を受賞され、選考委員からも絶賛されました。
また、日本を代表する指揮者の小澤征爾さん、若杉弘さん、佐渡裕さんなどの舞台にも携わった経験をお持ちです。
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父親の演出するコンサートに初出演
2017年12月3日に大阪城ホールで行われた「サントリー1万人の第九」に小栗旬さんが朗読ゲストとして出演されました。
朗読ゲストというのは、このコンサートで「第九」を演奏する前に、原詩であるシラーの「歓喜に寄せて」を俳優1名が朗読するものです。
ちなみに、2016年のときは佐々木蔵之介さん、その前の2015年のときは栗山千明さんが朗読しています。
このコンサートは年末に行われる毎年恒例のもので、1997年からお父さんが舞台監督をされています。
小栗旬さんがお父さんと共演するのはこれが初でした!
コンサートの後、「しびれました!」と話した旬さん。
それと同時に、お父さんの偉大さを改めて感じたそうです。
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小栗旬が語る父親のエピソード
・家に仕事の人をよく連れてきていた・小さい頃によくお父さんの仕事場へ行った。楽屋の匂いが印象的だった・家にはほとんどいない。1年に10日くらいしか休まないで働いている印象・お父さんの影響ではなく、自分の意思で11歳の時に劇団に入ったが、猛反対にあった・家族ぐるみの阪神ファン
小栗旬の家族〜バレエをしていた母親〜
小栗旬さんのお母さんは、小栗昇子(おぐりしょうこ)というお名前で元バレエダンサーです。
バレエの先生もしていたと、小栗旬さんのお兄さんのブログにはありました。
お母さんがお父さんのことをテレビ番組のなかで、
- 仕事しているときが一番いい。仕事を取ったら何も残らない
- 家に帰って来ると子煩悩
と話していました。
また、お母さんは小栗旬さんの妻の山田優さんととても仲が良く、嫁姑問題のようなことは無いそうです!
小栗旬の両親の馴れ初め
名古屋にいる時に、何かのイベントでお母さんはムーミンの着ぐるみを着ていたそうです。
そのムーミンを照明で照らしていたのがお父さんだったそうで、それがきっかけで交際が始まったそうです!
お母さんがムーミンだった経緯は詳しくは分かりませんが、仕事を通じて知り合って結婚されたのですね!
小栗旬の兄は元俳優!
小栗旬さんのお兄さんは、小栗了(おぐりりょう)というお名前で現在はイベント会社の社長をされています。
1976年9月5日生まれのO型です。
イベントプロデューサーとして、プロ野球開幕戦のセレモニーの演出など様々な演出を手掛けられてきました。
兄が俳優になるまでの経緯ときっかけ
お兄さんは高校卒業後、映画監督を目指してアメリカの大学へ留学し、映画学部で演出や演技の勉強を始めます。
ちょうどその頃日本では弟の小栗旬さんがドラマ「ごくせん」でブレイクしており、それを見たお兄さんは、
「弟の旬にできるなら!」
と、すぐ帰国し俳優業をスタートします。
ドラマや映画にも出演を果たし、俳優としてとても良いスタートを切りました。
お兄さんは「弟ができるなら」と思ったのは勘違いだったと当時を振り返って笑いながら話していました。
また、俳優になろうと思ったきっかけはもう一つあります。
アメリカの大学の授業で芝居をすることがあったのですが、英語力の低さが原因で端役しかできなかったそうです。
ですが、そこで芝居の面白さを感じるとともに、日本語で芝居をしてみたいと思うようになったのがきっかけだったと話しています。
兄が俳優を辞めた経緯ときっかけ
そんなお兄さんでしたが、30歳の時に突然俳優業を辞めてしまいます。
30歳という区切りの歳を迎えたこと、舞台監督であるお父さんの影響もあったそうです。
一番のきっかけは、明石家さんまさんと小栗旬さんと3人で食事をした時のこと。
さんまさんや弟の旬さんがとても輝いて見え、その人達を最大限に魅力的に見せられるような仕事をしたいと強く思ったそうです。
その後お兄さんは、2006年にオペラ制作会社のアートクリエーションに入社します。
そして、シルク・ドゥ・ソレイユの劇場立ち上げのため、2007年9月にイベント制作会社「NAC」を設立します。
俳優時代は年収100万円の収入だったそうですが、現在はその10倍の年収約1000万円だそうです。
弟の小栗旬さんとは仲良しで週1回会っているそうですが、旬さんは自分の話しかしないと話されていました。
上の画像は久しぶりに家族でご飯に行った時のものだそうです。
なんかどちらが兄なのか分からないくらい小栗旬さんには貫禄がありますね!
本当に仲が良さそうです!
小栗旬の姉は花男に大反対?
小栗旬さんのお姉さんは、小栗麻梨(おぐりまり)というお名前です。
アメリカにホームステイ経験があるそうです。
また、お姉さんは「花より男子」が大好きで、旬さんが花沢類役をやることを伝えると、ファンだったお母さんと一緒に大反対されたそうです!
また、夫婦喧嘩中のお父さんの回し蹴りと受け止めたという凄い話もあります!
小栗旬の実家の年収が凄い?
小栗旬さんの実家の年収についてははっきりとした情報はありません。
お父さんが舞台監督でほとんど家にいないくらい働いて、お母さんもバレエを教えていたとなると、それなりの収入で暮らせていたと思われます。
参考に、新卒で舞台監督をした場合の年収の平均は、約250~500万円程度だそうですが、社員とフリーの場合でも大きく異なるようです。
お父さんは日本の有名な指揮者から依頼が来るほどの方ですので、推測ですが年収で数千万円は堅いのではないでしょうか。
お金持ちと言っていいレベルだと思います。
小栗旬のプロフィール
生年月日:1982年12月26日
出身地:東京都
身長:184 cm(靴27cm)
血液型:O型
職業:俳優、声優
趣味:野球、音楽鑑賞
事務所:トライストーン・エンターテインメント
以上、小栗旬さんの家族についての紹介でした。
今後も多方面に活躍される小栗旬さんから目が離せません!