自民党の議員、中曽根康隆(なかそね やすたか)さんは、嵐のメンバー・櫻井翔さんと幼馴染の大親友です。
実はこのふたり、お互いの曾祖父の代から交流があるそうで、出生地の高崎市には両家を称える石碑まであるというのだから驚きですね!
この記事では、中曽根康隆さんと櫻井翔さんの関係について、ふたりがどれほど深い仲で繋がりがあるのかエピソードをご紹介していきます!
同時に、過去に流れたこともあるふたりの不仲説にもついても触れてみたいと思います。
中曽根康隆と櫻井翔の関係は大親友!
1週間のうち3回も会っている
中曽根康隆さんと櫻井翔さんは、お互いのスケジュールが合えば頻繁に会って交流をしているそうです。
多い時では、なんと1週間で3日も会うのだとか!
さらに、「6歳からずっと学校が一緒で、調子いいと週に3日くらい会っている」と、超人気アイドル・嵐の櫻井翔と幼馴染みであることを告白。
出典:Abema TIMES(2018年9月11日)
社会人になって、お互いが全く違う職業についてしまうと、親友であっても会える時間は限られてしまうのが普通です。
しかも国会議員や芸能人であれば、毎日のスケジュールは相当詰まっているはず。
それにも関わらず、週に3回も会って一緒の時間を過ごすということは、本当に仲の良い関係であることが分かります。
慶應義塾幼稚舎からの幼馴染み
中曽根康隆さんは、慶應義塾幼稚舎に入学していました。
そして、櫻井翔さんもまた、慶應幼稚舎出身です。
ちなみに、ふたりは幼稚舎(小学生)時代、6年間同じクラスにいたと思われます。(慶応幼稚舎は2002年までは1学年3クラス編成でした。)
慶応幼稚舎は1度クラスが決定すると、6年間クラス替えはありません。
クラス分けには明確な意図があり、「名門・経営者出身系」「医学系」「その他」に分けられているのだそうです。
しかし、生徒の顔ぶれを見ると、クラスによって顕著な傾向があるのはまぎれもない事実である。
中曽根康隆さんの父親は政治家、櫻井翔さんの父親は官僚・実業家と華々しい経歴の持ち主です。
ここから慶応幼稚舎の名門・経営者出身系である「K組」に在籍していたのではないかと予想できますね。
そしてふたりはそのまま慶應義塾大学までエスカレーターで行っています。
12年間も同じ環境にいた関係ですから、仲の良さは折り紙付きだと言えますね。
嵐ファン
2017年10月、中曽根康隆さんが初めて衆議院議員に当選した時、取材で「今の気持ちを嵐の歌になぞらえると?」という質問を受けたことがありました。
ここで中曽根康隆さんは「GUTS(ガッツ)!」と返答しています。
「ガッツをもって新人らしく頑張っていきたい」と抱負を述べた。
GUTS!は2014年4月に発売された嵐43枚目のシングル曲です。
ジャニーズファンであれば、質問を受ければすぐに曲が思い浮かぶでしょうが、そうでなければ、TPOに合ったタイトルをすんなり答えるのは難しいことです。
中曽根康隆さんは、普段から櫻井翔さんが歌う嵐の曲を聴きこんでいるのでしょうね。
お二人の関係の深さがよく分かります。
結婚式にはビデオメッセージ

出典:中曽根康隆公式ブログ
中曽根康隆さんが2018年10月10日に、佐藤友美さん(「株式会社エフピコ」の社長令嬢)と入籍をしました。
同年10月28日には都内にあるホテルで披露宴をしているのですが、櫻井翔さんからビデオメッセージが届いていたそうです。
康隆氏と学生時代の同窓だったアイドルグループ「嵐」の桜井翔さんもビデオメッセージを寄せた。
残念ながらここにあるメッセージの中身までは確認できませんでした。

出典:中曽根康隆公式ブログ
しかし、人気アイドルからお祝いメッセージが届くというのは普通ではありえませんね。
多忙を極める櫻井翔さん。本当は式にも参列したかったのではないでしょうか。
予定が合っていればメッセージではなく、式に参加して直にお祝いを告げていたことでしょう。
やはり、特別で深い関係にあるお二人です。
冨田勲の葬儀に一緒に参加
作曲家の冨田勲さんの葬式に参列した櫻井翔さんをキャッチしたマスコミの映像には、中曽根康隆さんの姿も映っています。
冨田勲さんのお別れ会が営まれたのは2016年6月15日。
この時、まさか櫻井翔さんが参列するとは思っていなかったマスコミは、会場で騒然としたそうです。
サイゾーウーマンに掲載されている記事では、そのときの様子が鮮明に書かれていました。
まさか、櫻井が来ると誰も思っておらず、式場に入りかける直前に、記者の間から『あれ、櫻井翔に似てない?』という声で一斉に気づくくらい、派手さのないものでした」(同)
記事には他に「櫻井は関係者と3人で参列していた」とあるのですが…。
画像にはっきりと写っている「関係者のうちのひとり」は他でもない中曽根康隆さんです。
この時はまだ中曽根康隆さんは議員になっていなかったので、マスコミも詳細を確認せずに報道したのでしょう。
葬儀に並んで参列できる関係とは…やはり深いですね。
出生地が同じで誕生日が6日違い
中曽根康隆さんの出生地は群馬県高崎市です。
そして、櫻井翔さんの出生地はとなりにある群馬県前橋市。
さらにふたりには誕生日が近い(6日違い)という共通点もあります。
- 中曽根康隆…1982年1月19日生まれ
- 櫻井翔…1982年1月25日生まれ
小学校の出席番号は姓名の五十音順か誕生日のどちらかがほとんどです。
もしも慶応幼稚舎の出席番号が誕生日順なら、ふたりは前後で並んでいたでしょう。
それにそもそも、クラスメイトが「同じ地方の出身」「誕生日が近く」という関係なら、意気投合するのも当然ですね。
過去には不仲報道も!櫻井翔が関係を避けていた!?
ご紹介したように中曽根康隆さんと櫻井翔さんの仲良しエピソードは多くありますが、ふたりには過去に不仲説が流れたことも…。
サイゾーウーマンでは櫻井翔さんの知人の証言で、
「櫻井翔さんはとても打算的な人で政界進出のために中曽根康隆さんを利用している」
という内容の掲載がありました。
在学当時はむしろ仲が悪く、櫻井くんは彼を“敵視”していました。でも、ここ最近は親交ができたようで、櫻井くんの方から連絡を取ることもあるそう。
これだけを見ると、慶應義塾に通っていた頃は関係が良くなかったということになりますが…。
記事の詳細は当時の交際相手だった小川彩佳アナウンサーとの交際が、政界進出のために計算されたものではないかというのが大筋のもの。
しかし、櫻井翔さんは小川彩佳アナウンサーとは結婚せず、慶応大学時代に出会った一般女性と結婚しています。
本当に打算的な交際をしていたなら、小川彩佳アナウンサーと別れていないはずです。
小川彩佳アナとの交際についてはこちら:小川彩佳アナと櫻井翔の交際期間は?馴れ初めから破局までまとめ
それに中曽根康隆さんは2018年の産経新聞のインタビューで櫻井翔さんのことを、「6歳から一緒で最も近い仲間」「(これまで)ずっと応援をしてきてくれた」と言っていました。
このことから、慶應に通っていた頃の櫻井翔さんが中曽根康隆さんを「敵視」していたというのは考えにくいですよね。
在学期間が12年間もあれば、一時的に少し距離が空いたり、他の学友とも一緒に過ごすことがあるのは当然でしょう。
また、ときには話がヒートアップして、口論になってしまう時もあるはずです。
本音で語り合える関係だからこその意見の衝突は、これ以上ない友情の証ですよね。
おそらく「不仲」は事実ではなく、ただのデマである可能性が高いのではないでしょうか。
祖父の代から「家同士」の深い関係!石碑まであった!
中曽根康隆さんと櫻井翔さんは「個人同士」での友人関係だけでなく、「家同士」でも深い関係にあります。
曾祖父の代に両家を祭る石碑が建てられている

出典:隠居の思ひつ記
中曽根家と櫻井家はふたりの曾祖父の代から親交があったようです。
その証として、群馬県高崎市の「高崎白衣大観音像」が設置されている公園内には「両家を称える石碑」が建てられています。
石碑の名前は「桜松苑」。
碑背には次のような記載がありました。
この櫻松苑は高崎市発展の為に貢献された櫻井伊兵衛 中曽根松五郎 両翁の功績を永く記念する為造られたものである
石碑に彫られているふたりは、中曽根康隆さんと櫻井翔さん、それぞれの曾祖父です。
石碑の名前はそれぞれの名前「櫻井」と「松五郎」の文字を取って付けられているのだとか。
祖父の代では独占取材を許可されていた
もちろん両家の親交関係は祖父の代でもしっかりとありました。
中曽根康隆さんの祖父は、日本の総理大臣を務めた中曽根康弘(やすひろ)氏です。

元首相の中曽根康弘氏(出典:首相官邸)
一方、櫻井翔さんの祖父・櫻井三男さんも群馬県高崎市出身で、地元では有名な新聞会社「上毛新聞」の専務取締役編集局長をしていました。
ふたりのつながりは中曽根康弘氏が総理大臣を務めていた1985年8月12日に起きた、日本航空123便墜落事故をみると明らかになります。
日本中を震撼させた大事故はあまりに凄惨だったこともあり、一社を除いてマスコミの取材許可が降りませんでした。
その取材を唯一許されたマスコミが、「上毛新聞」です。
中曽根康弘氏と櫻井三男さんのつながりが分かる事実ですね。
櫻井翔が中曽根康弘元首相の土地を購入
櫻井翔さんは2015年、両親へのプレゼントに軽井沢の別荘地300坪ほどを購入しました。
実はこの土地、元の所有者が中曽根康弘元首相なのです。
中曽根康弘氏は、軽井沢に土地や別荘をいくつか持っているそうで、そのうちの一角を櫻井翔さんに譲ったということなのですが…。
中曽根家から土地を買い受けるというのはこれまたすごい話ですよね。
しかもただ土地を譲っただけではなく、両家にはより深い関係にあるのですよ。
なんと、櫻井翔さんは、軽井沢に別荘を建てる前から時々、中曽根家の別荘に泊まりに来ていたようです。
「中曽根さんの別荘にたまに遊びに来ているそうです。お孫さんの康隆さんと櫻井さんが慶應義塾の幼稚舎からの同級生で仲がいいようですね」(前出・近隣住民)
親子3代に渡って親交関係を持ち続ける櫻井家と中曽根家。
両家の深いつながりがあるのかが伝わるエピソードが沢山ありましたが、友情は家とのつながりだけでは成立しません。
お互いが同じ感性を持ち、志も近く、切磋琢磨できる関係だからこそ、「腹心の友」と呼べる関係が築けるのでしょう。
中曽根康隆さんと櫻井翔さんもそんな素敵な関係にあるのだと思います。